ソチ・平昌に続いてオリンピック3大会連続金メダル獲得を目指しているのが、フィギュアスケート羽生結弦選手です。
フィギュアスケートに対するストイックな姿勢には他を寄せ付けないものがありますが、採用している曲にはいつも羽生結弦選手ならではの強いこだわりを感じます。
ショートプログラムとフリーにかかわらず幅広いジャンルから選曲しているようですが、アレンジやバージョンにはとことんこだわっているように見受けられます。
はたして羽生結弦選手は3連覇が懸かった北京オリンピックでは、どんな曲を選んだのでしょうか?
今回は、フィギュアスケート羽生結弦選手の北京オリンピックのショートプログラムとフリーの曲名と作曲者について見ていきたいと思います。
羽生結弦の北京オリンピックの曲名と作曲者
羽生結弦選手は演技のみならず、使用する曲に関しても並々ならぬこだわりを持っています。
フィギュアスケートで採用される曲というとクラシック音楽が多いというイメージがありますが、羽生結弦選手のこれまで選んだ曲を見ると特定の音楽ジャンルに偏ることなくクラシックからロックまで幅広く採用しています。
選曲はもちろんのこと、バージョンまで自分の納得できるものを選んでいるということで、今回の北京オリンピックで採用された楽曲にもアレンジに至るまでとことんこだわったことが感じられます。
フィギュアスケート羽生結弦選手の北京オリンピックのショートプログラムとフリーの曲名と作曲者は、以下の通りです。
羽生結弦の北京オリンピックの曲名と作曲者~ショート
曲名:「序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調 作品28」
作曲者:サン=サーンス
羽生結弦選手の北京オリンピックのショートプログラムの曲名は「序奏とロンド・カプリチオーソ」、作曲者はカミーユ・サン=サーンス(1835~1921年)です。
サン=サーンスはフランスの作曲家・ピアニスト・オルガニストで、2歳でピアノを弾き3歳で作曲をしたといわれる天才です。
交響曲やオペラ、室内楽など多くの作品を残しています。
「序奏とロンド・カプリチオーソ」は1963年の作品で、スペイン出身の名ヴァイオリニスト・サラサーテのために作曲しました。
サン=サーンスの最も人気のある曲のひとつで元々はバイオリンと管弦楽のための曲でしたが、羽生結弦選手がピアニストの清塚信也氏にピアノへの編曲を依頼し演奏も担当しています。
羽生結弦の北京オリンピックの曲名と作曲者~フリー
曲名:「天と地と」
作曲者:冨田勲
羽生結弦選手の北京オリンピックのショートプログラムの曲名は「天と地と」、作曲者は冨田勲さん(1932~2016年)です。
冨田勲さんは作曲家であるとともにシンセサイザー奏者でもあり、多くの映画音楽やテレビドラマの主題曲などを手掛けてきました。
1974年発表の「月の光」がビルボードの米クラシックチャートで2位、そして翌1975年発表の「展覧会の絵」ではなんと1位を獲得するという快挙を成し遂げました。
その他、1975年「火の鳥」が5位、1976年「惑星」が再び1位を獲得するなど、ワールドワイドな成功を収めました。
また、1975年には日本人として初めてグラミー賞にノミネートされました。(その後1976年・1983年と計3回)
羽生結弦選手がフリーの曲として選んだ「天と地と」は1969年1月~12月にNHKで放送された大河ドラマで、上杉謙信の半生を描いた作品です。
冨田勲さんはこの作品の音楽「甲斐の軍勢~越後の雪」を担当しましたが、冬の越後をイメージして作曲したとのことです。
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羽生結弦の北京オリンピックの曲名と作曲者~まとめ
今回は、フィギュアスケート羽生結弦選手の北京オリンピックのショートプログラムとフリーの曲名と作曲者について見てきました。
羽生結弦選手の北京オリンピックのショートプログラムとフリーの曲名と作曲者は、以下の通りです。
ショートプログラムの曲名と作曲者
曲名:「序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調 作品28」
作曲者:サン=サーンス
フリーの曲名と作曲者
曲名:「天と地と」
作曲者:冨田勲
ショートプログラムの「序奏とロンド・カプリチオーソ」は元々はバイオリンと管弦楽だったのを羽生結弦選手自身がピアニストの清塚信也氏にピアノへの編曲・演奏を依頼しました。
また、フリーの「天と地と」はNHKで1969年に放送された大河ドラマで、冨田勲さんはこの作品の音楽「甲斐の軍勢~越後の雪」を冬の越後をイメージして作曲しました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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