相撲が15日制になったのはいつからでなぜ?全敗した力士はいるの?

大相撲で1場所に15日間相撲をとることが慣例となっています。

しかし、最初から15日制だったわけではなく、いろいろな経緯があって現在の15日制に落ち着いています。

となるといつからなぜ15日制になったのか、気になります。

今回は、相撲が15日制になったのはいつからでなぜなのか、また15日制になってから15戦全敗した力士はいるのかなどを見ていきます。

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相撲が15日制になったのはいつから?

相撲の1場所の日数をさかのぼると、江戸時代は1場所10日間が開催されていましたが、徐々に延ばされてきた歴史があります。

相撲の本場所が初めて15日制となったのは、1939年(昭和14年)5月場所ですが、以降10年間は戦争などの影響で、10日制だったり13日制だったりまちまちでした。

定着したのは1949年(昭和24年)5月場所からで、現在に至ります。

初日・8日目・最終日は通常日曜日に設定され、15日間休むことなく連続で開催されます。

本場所に関しては、こちらの記事を合わせてどうぞ!
☞ 相撲の本場所は年に何回?いつからこの回数なのかと巡業との違いも

相撲の15日制で中日・千秋楽とは?

相撲では日数を追うごとに初日、2日目、3日目…と呼ばれていますが、例外的に中日・千秋楽と呼ばれている日があります。

相撲で初日が1日目であることはわかります。

では、中日とはどういう意味でしょうか?

中日とは真ん中の日を意味し、15日制の場合は8日目となります。

また、千秋楽という言葉は相撲以外のさまざまな興業でも使われているのでご存知の方も多いと思いますが、相撲においては千秋楽とは最終日の15日目を意味します。

相撲の千秋楽は、表彰式(場合によっては優勝決定戦)が行われるため、スケジュールが30分ほど繰り上がり、取り組みの終了時間も通常の日より早くなります。

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相撲が15日制になったのはなぜ?

相撲が15日制になったのはいつからかは、わかりました。

では、なぜ15日制にしたのでしょうか?

江戸時代からの10日間でも特に困ることはなかったような気がします。

これには理由が2つあります。

ひとつは力士の増加で、これに伴って相撲部屋も増えることになりました。

こうなると、日数を増やして15日制にしようというのは自然な流れともいえます。

もうひとつの理由が、69連勝の記録を持つ第35代横綱・双葉山の人気の高さです。

双葉山の人気はすさまじく双葉山の相撲を見るために多くの相撲ファンが徹夜で入場券を買い求めるほどでした。

この人気に対応するために1937年5月場所から日数が13日となり、そして1939年5月場所から15日制となりました。

相撲が15日制になってから15戦全敗した力士

相撲で全勝優勝は同じ優勝でも凄い優勝で過去に何人も達成していますが、逆に相撲が15日制になってから皆勤して15戦全敗した力士はいるのでしょうか?

さすがに三役の力士に15戦全敗した力士はいませんでしたが、幕内では前頭の比較的下位の力士で過去4人います。

いずれも現役末期で、残念ながら力がかなり落ちてきた時期に記録されており、その後引退か番付降格となっています。

相撲が15日制になってから15戦全敗した力士は、以下の通りです。

桂川(東前頭17枚目)1942年(昭和17年)1月場所 ⇒ 引退

清勢川(西前頭11枚目)1963年(昭和38年)11月場所

佐田の海(西前頭10枚目)1988年(昭和63年)3月場所 ⇒ 翌々場所で引退

板井(東前頭14枚目)1991年(平成3年)7月場所 ⇒ 引退

※記録は2020年4月1日現在のものです。

相撲の15日制のまとめ

今回は、相撲が15日制になったのはいつからでなぜなのか、また15日制になってから15戦全敗した力士はいるのかなどを見てきました。

相撲の本場所は、1939年(昭和14年)5月場所に初めて15日制が誕生し、定着したのは1949年(昭和24年)5月場所からです。

なぜ15日制になったのか、その理由は力士の増加と双葉山の人気に対応するためと考えられています。

また、15日制になってから皆勤して15戦全敗した力士は幕内では4人いますが、いずれも現役末期で、その後引退か番付降格となっています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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