プロ野球の名捕手といえば、野村克也、田淵幸一、阿部慎之助など各捕手の名が浮かんできますが、今回の古田敦也捕手も勝るとも劣らない名捕手といえるでしょう。
現役時代は数多くの素晴らしい成績や記録を残し、選手兼監督まで務めた数少ない捕手でもあります。
そんな名捕手・古田敦也捕手の選手兼監督時代を含めた通算成績と獲得したタイトルは、どうだったのでしょうか?
また、年俸推移や生涯年俸なども気になります。
今回は、選手兼監督時代を含めた古田敦也捕手の通算成績とタイトル、年俸推移などを見ていきます。
※記録などは2023年3月時点のものです。
古田敦也の通算成績とタイトル
古田敦也捕手は打撃、守備ともに名捕手と呼ばれるにふさわしい素晴らしい通算成績を残しています。
逆に監督としての成績は、選手兼任だったこともあってか選手としての成績と比較すると物足りなさを感じます。
将来再び専任監督としてユニフォームを着た時には違った結果を残してくれるでしょう。
選手兼監督時代を含めた古田敦也捕手の通算成績とタイトル、主な記録を打撃成績、守備成績、監督成績に分けて見ていきます。
打撃成績
古田敦也捕手は1990年から2007年までヤクルトスワローズで18年間プレーし、通算打撃成績は2008試合に出場して、打率.294、ホームラン数217本、1009打点という素晴らしい成績を残しています。
生涯打率.294は捕手として日本プロ野球最高記録、獲得したタイトルとしてはプロ2年目の1991年に首位打者、1993年の最多安打があります。
2003年に4打数連続ホームラン(1試合4ホームラン)を放ち、2005年に2は000本安打と1000打点を達成しています。
その他にも1993年と1997年の2回のシーズンMVP、ベストナインは9回、ゴールデングラブ賞は10回受賞しています。
古田敦也の年度別打撃成績
年度 | 球団 | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 |
1990 | ヤクルト | 106 | .250 | 3 | 26 |
1991 | ヤクルト | 128 | .340 | 11 | 50 |
1992 | ヤクルト | 131 | .316 | 30 | 86 |
1993 | ヤクルト | 132 | .308 | 17 | 75 |
1994 | ヤクルト | 76 | .238 | 3 | 19 |
1995 | ヤクルト | 130 | .294 | 21 | 76 |
1996 | ヤクルト | 119 | .256 | 11 | 72 |
1997 | ヤクルト | 137 | .322 | 9 | 86 |
1998 | ヤクルト | 132 | .275 | 9 | 63 |
1999 | ヤクルト | 128 | .302 | 13 | 71 |
2000 | ヤクルト | 134 | .278 | 14 | 64 |
2001 | ヤクルト | 121 | .324 | 15 | 66 |
2002 | ヤクルト | 120 | .300 | 9 | 60 |
2003 | ヤクルト | 139 | .287 | 23 | 75 |
2004 | ヤクルト | 133 | .306 | 24 | 79 |
2005 | ヤクルト | 96 | .258 | 5 | 33 |
2006 | ヤクルト | 36 | .244 | 0 | 8 |
2007 | ヤクルト | 10 | .333 | 0 | 0 |
通算 | 2008 | .294 | 217 | 1009 |
守備成績
古田敦也捕手は強肩で正確で素早いスローイングを武器に、高い盗塁阻止率を残しています。
1991年に12人連続盗塁阻止、1993年にはシーズン盗塁阻止率の日本記録となる.644を達成、通算盗塁阻止率の.462も日本記録です。
プロ入りから13年連続で盗塁阻止率4割以上という安定した盗塁阻止率を維持してきました。
古田敦也の年度別守備成績
年度 | 球団 | 試合 | 盗塁刺 | 阻止率 | 捕逸 |
1990 | ヤクルト | 106 | 29 | .527 | 5 |
1991 | ヤクルト | 127 | 48 | .578 | 12 |
1992 | ヤクルト | 130 | 29 | .483 | 2 |
1993 | ヤクルト | 132 | 29 | .644 | 7 |
1994 | ヤクルト | 76 | 12 | .500 | 2 |
1995 | ヤクルト | 130 | 32 | .478 | 6 |
1996 | ヤクルト | 118 | 24 | .400 | 7 |
1997 | ヤクルト | 137 | 28 | .459 | 7 |
1998 | ヤクルト | 132 | 30 | .441 | 10 |
1999 | ヤクルト | 127 | 27 | .458 | 13 |
2000 | ヤクルト | 134 | 46 | .630 | 7 |
2001 | ヤクルト | 116 | 21 | .488 | 2 |
2002 | ヤクルト | 113 | 22 | .423 | 8 |
2003 | ヤクルト | 139 | 27 | .380 | 5 |
2004 | ヤクルト | 130 | 15 | .259 | 8 |
2005 | ヤクルト | 87 | 8 | .250 | 1 |
2006 | ヤクルト | 21 | 1 | .100 | 1 |
2007 | ヤクルト | 6 | 0 | .000 | 1 |
通算 | 1959 | 428 | .462 | 104 |
監督成績
古田敦也捕手の監督時代は2006年と2007年の2年間で、野村克也選手兼監督以来29年ぶりとなる選手兼任でした。
監督就任初年度の2006年こそAクラスの3位でシーズンを終えましたが、続く2007年は最下位に沈みました。
選手兼監督の負担はかなり重かったのか、2シーズンとも勝率は5割に届きませんでした。
古田敦也の年度別監督成績
年度 | 球団 | 試合 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | 順位 |
2006 | ヤクルト | 146 | 70 | 73 | 3 | .490 | 3位 |
2007 | ヤクルト | 144 | 60 | 84 | 0 | .417 | 6位 |
通算 | 290 | 130 | 157 | 3 | .448 |
古田敦也の選手兼監督時代含めた年俸推移
古田敦也捕手は1989年、ドラフト2位でヤクルトスワローズに契約金4,300万円・年俸700万円で入団しました。
プロ1年目から正捕手に定着し、成績とともに年俸はアップしていき、1993年には大台の1億円を突破、1997年からは2億円、2004年には最高年俸の3億円に到達しました。
2005年に度重なる故障の影響で規定打席に届かず2006年から選手兼監督となりましたが、年俸はプロ入り以来、初めてのダウンとなりました。
生涯年俸は30億3,420万円で、最後のシーズン終了後に功労金5,000万円が贈られました。
選手兼監督時代を含めた古田敦也捕手の年俸推移は、以下の通りです。
古田敦也の年俸推移
1989年 4,300万円(契約金・ドラフト2位)
1990年 700万円
1991年 1,920万円
1992年 6,000万円
1993年 1億2,000万円
1994年 1億8,000万円
1995年 1億6,800万円
1996年 1億8,000万円
1997年 2億円
1998年 2億円
1999年 2億円
2000年 2億円
2001年 2億円
2002年 2億円
2003年 2億円
2004年 3億円
2005年 3億円
2006年 2億4,000万円 ※選手兼監督
2007年 6,000万円+5,000万円(功労金)※選手兼監督
合計(生涯年俸):30億3,420万円(契約金・功労金除く)
※年俸額は推定です。
古田敦也の通算成績とタイトル・年俸推移~まとめ
今回は、選手兼監督時代を含めた古田敦也捕手の通算成績とタイトル、年俸推移などを見てきました。
古田敦也捕手の通算打撃成績は2008試合に出場して、打率.294、ホームラン数217本、1009打点、守備成績ではシーズン盗塁阻止率の日本記録.644(1993年)、通算盗塁阻止率日本記録の.462など高い盗塁阻止率を残しています。
逆に監督としての成績は選手兼監督の負担大きかったせいか、2006年が3位、2007年は最下位に沈み2シーズンとも勝率は5割に届きませんでした。
タイトルはプロ2年目の1991年に首位打者、1993年の最多安打があり、生涯打率.294は捕手として日本プロ野球最高記録です。
選手兼監督時代を含めた古田敦也捕手の年俸推移は成績とともにアップし、1993年に1億円を突破、1997年からは2億円、2004年には最高年俸の3億円に到達し、生涯年俸は30億3,420万円(契約金・功労金除く)でした。
監督として再びユニフォームを着る日はいつなのか、古田敦也捕手の球界復帰が期待されます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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