大相撲の番付による地位は横綱を頂点として、細かく階級分けされているのはよく知られていることかと思います。
そんな大相撲の幕内力士の中で人数が最も多いのが前頭で、前頭の地位は何枚目かという数字で順位が決められています。
この前頭、何枚目まであるのか、筆頭以下人数は何人なのでしょうか?
今回は、大相撲の番付で前頭は何枚目まであるのか、また前頭筆頭以下の順位と人数の関係について見ていきます。
大相撲の番付で前頭は何枚目まである?
大相撲の番付で前頭は何枚目まであるのか、つまり前頭の人数ですが、何人という決まっているわけではありません。
というのも前頭の人数は、前頭以上の力士(横綱・大関・関脇・小結)の人数によって決まるからです。
どういうことかというと、幕内力士の人数は現在42名と決められていて、この42名から前頭以上の力士の人数を引いた人数が前頭の人数となります。
現在、大関・関脇・小結は少なくとも2名ずつは置かなければならないことになっているため、考えられる前頭の最多人数は36名(42名-6名)で、前頭は最大で18枚目まであるということになります。
大相撲の前頭筆頭以下の順位と人数の関係
大相撲の番付で前頭は最大で何枚目まであるのかはわかりました。
では、前頭筆頭以下の順位と人数の関係はどうでしょうか。
大相撲では前頭の最高位の順位を1枚目とは呼ばず筆頭と呼びますが、前頭の人数は前頭以上の力士の人数によって決まるのは上述した通りです。(※「前頭1」「前1」と表されることはあります。)
例えば、横綱・大関・関脇・小結が各2名ずつの場合は、42名-8名=34名が前頭の人数となり、前頭17枚目までとなります。
このように大相撲の番付で前頭は何枚目まであるのかは流動的で、その時の前頭以上の力士の人数によって随時、変わります。
現行の人数になる2004年1月場所の前までは、前頭の最多人数は1957年(昭和32年)の3月場所と9月場所の46名でなんと東西で前頭23枚目までありました。
逆に、前頭の最少人数は戦後では1967年(昭和42年)の22名(東西各11枚目)です。
また、前頭は東西に1名ずつ置かれ、上から前頭筆頭、前頭2枚目、前頭3枚目…と続きますが、この数字がイコール順位でもあり、前の場所の番付の地位と成績によって決められています。
大相撲の前頭の優勝
大相撲の番付で前頭の力士は幕内力士ではありますが、役についていない幕内力士という意味で、前頭全体を平幕とも呼びます。
そして前頭の力士が優勝することを平幕優勝といいますが、優勝制度が始まった1909年6月場所から2020年末まで平幕優勝は32回あります。(※ちなみに前頭の最下位の順位を幕尻といい、幕尻力士が優勝することを幕尻優勝といいます。)
大相撲110年以上の歴史の中で32回なのですから平幕優勝がいかに難しいかがわかりますし、頻度でいうと3年に1回ぐらいの少なさになります。
15戦全勝優勝こそ2回のみと少ないですが、優勝成績も堂々たるものです。
大相撲の歴代平幕優勝の詳細については、こちらをご参照下さい↓
大相撲の番付で前頭は何枚目まである?~まとめ
今回は、大相撲の番付で前頭は何枚目まであるのか、また前頭筆頭以下の順位と人数の関係について見てきました。
大相撲の番付で考えられる前頭の最多人数は36名で、前頭は最大で18枚目までということになります。
前頭の人数は流動的で、前頭以上の力士(横綱・大関・関脇・小結)の人数によって決まります。
幕内力士の人数は現在42名なので、この42名から前頭以上の力士の人数を引いた人数が前頭の人数となります。
また、前頭の力士が優勝することを平幕優勝といいますが、優勝制度が始まった1909年6月場所から2020年末まで平幕優勝は32回で頻度は3年に1回ぐらいという少なさです。
前頭の力士の優勝は難しいことではありますが、金星をあげたりすると場所全体が盛り上がることは間違いありません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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